蝶ヶ岳→東鎌尾根槍ヶ岳西鎌尾根双六岳 縦走

横尾→蝶ヶ岳→常念岳→大天井岳→燕岳→槍ヶ岳→双六岳→新穂高温泉

2003/7/278/49日間)単独行、テント泊

 小生は、還暦から12才の少年である。

少年には、冬山は出来ないので夏山がメインとなる、日常の生活の中で大部分が夏山のために向けられている。

当初、上記嶺々を回るには午前中には目的地に着き、一日歩行を5〜6時間とし、約1週間の予定を立てた。

第一日目

上高地→横尾(歩行約3h)

梅雨明け直後が最も天気が安定するので、例年ならその時期に山に入るが、今夏は明けを待たずに山に入ることになった。

7/27日車で平湯駐車場へ、バスで上高地に入り、1000頃上高地発、梓川沿いに今日の目的地横尾を目指して歩く、上高地の大きな樹林帯の中、ひんやりと澄んだ空気、ここが堪らなく好きな登山基地である。

途中、明神、徳沢で休憩、1400頃横尾着。

梓川に架かる橋は、以前は木製の幅2メートル前後の低いものであったが、今は、鋼製の立派な吊橋になっていた。

テントを張り、付近を散策、屏風ノ頭の岩壁は目のめにあり、双眼鏡で様子を見ている青年に近ずき岩壁登攀の話を伺った、今から歳を遡れるならやってみたいと思うものであった。

清流 涼を呼び 2日目

横尾→蝶ヶ岳(歩行約430

いきなり急登、槍見台まではコースタイムどおり40分始めは元気がある、以後、急登に20キロ近いザックは堪える、20分おきに休憩、シラビソ、コメツガ等の巨木の原生林、腰を下し森林を透過してくるウイトンチッドが一杯詰まっている空気、深山ならではの醍醐味。

深呼吸をして腰を上げ、次ぎの20分の消化に一歩々これ以外になにもなし。

稜線分岐までコースタイム320のところ、4hかかる、40分の超過。

稜線分岐から蝶ヶ岳山荘までは約20分の稜線漫歩、穂高の山々はガスっていた。

テントを張り昼食後付近を散策。

山での出会い第1号、関東から来たと言う同年輩の男性、現職時代に巡視船艇に40年乗っていたと話すと。

北朝鮮の工作船を2回見にいった、列ができるほど見学者があるとのこと。

そのとき、海上保安協会の曽野綾子会長が、自爆した北朝鮮工作船乗組員にあな達は国の為に命を捧げたもであるからと献花されたそうである。


3日目

蝶ヶ岳→常念岳→常念小屋テント場(泊)

0400起床、朝食(アルファー米に湯を注いで約20分、インスタント味噌汁)テント撤収、0600発、常念岳まで4h、今日のテン場(常念乗越)まで5hのコース。

時々強風、霧雨模様、テント撤収時、テント内に敷くシートを風で飛ばしてしまった。

中間点付近までは潅木帯、時折お花畑がありデジカメの出番、転々と黄色い彩りニッコウキスゲの咲き始め、ハクサンフウロウ等(名前を知らない花も沢山)、常念山脈は山容が穏やか、中高年の女性グループが目立つ、お花畑は停滞の場所となる。

2h程経過、潅木帯も終わり常念岳の登りにかかる鞍部にて休憩、反対側から50才代位の男性一人と女性二人のグループが休憩に入る、少年は特等席を譲ろうと、ザックを右手に持ち振り回して背中に乗せたのを見てか、髭の爺が大きなザック(70L)を軽い仕草で扱ったのを見てか、何処まで行くのか聞いてきた、槍ケ岳と言うと益々感心を寄せ、話の最中にも歳は々と聞いてくるが聞き流し、最後に72才と告白した。    

良い出会いが出来たと喜んでおられた、そこでPCをやられるということであったのでURLを教えてあげた。

帰ったら直ぐ、今回の山旅記事の催促を書き込みするからと言っておられたが、未だに書き込みは無い。

常念岳の登り、一抱えもある石の積み上げた階段状の山道、重いザックは堪える、昨日の4hの急登、きょうのこの登り遂に左足膝に痛みがきた、今まで下りで痛めたことがあるが、登りででは始めて、不安は募る、びっこを引いては体裁が悪い、足を引きずるまでも無く庇いながら長い々登り、1100頂上着、コースタイム4hのところ、5hかかる、常念岳頂上から常念小屋(テント場)までの下りは尚もきつかったが1215着。

相変わらず視界悪く穂高、槍方面は見えない、昼食後テントにて横になる、夕方、雲間に槍の穂が顔を出す、小屋の宿泊客も歓声をあげている、やはり槍の姿は素晴らしい。

第4日目

常念岳テント場(泊)(雨のため滞留)

恵みの雨、持参のシップ薬を貼り、アルコールが入って終日テントの中、足の状態がこれ以上悪化したら燕岳からの下山も考え、あれこれと思案。

雨は午後から上がり、夕方、槍の穂が顔を出す。

第5日目 

常念岳→大天井岳→燕岳→大天井岳テント(泊)

0300起床、いつものように朝食の準備テント内にてシュラフ等たたみザックに詰める、ご飯が出来あがり朝飯後、テントをたたむ、この間、約2時間、両足にサポーターを嵌め、040出発、晴れ、この時間にはテントの住人は誰もいない山の朝は早い、大天井岳に向かって歩き出したが痛みはなかった、穏やかな稜線漫歩、途中、左足膝がまた痛み出したが、大分痛みは和らいででいる、サポーターのお陰かもしれない、先ずは大天井山荘に着いてからこれからの行動を決めることとした、0945大天井山荘着、これなら槍に行ける、コースタイム330のところ、305、時間が早いので、空身で燕岳を往復することとした。

テント設営後、1020発、大天井山荘から燕岳まではなだらかな稜線漫歩、空身のせいもあって痛みも感じない、コースタイムどおり2h、燕岳1210着。

帰りは写真を撮りながらゆっくりと歩く、稜線にはコマクサの群落、右手には槍を眺め、晴天風も無く穏やかなり、おまけに雷鳥のお出ましももあった、親のあとに子が23羽縦走路に出てきて、親鳥は3mほどの距離に近ずく絶好のシャッターチャンスを提供してくれた。

1600頃大天井山荘着、大天井岳に登る。

夕食と明日の朝食を山荘で戴くことにした、久し振りに肉食夕飯大ご馳走美味なり、地の生ビール、これもことの外旨い元気を貰った。

明日の槍ヶ岳東鎌尾根に備え、気分良く夕食後(900頃)直ぐに就寝。

6日目 

東鎌尾根:大天井岳→殺生ヒュッテ テント(泊)

2003/8/1 0530発天気展望良し、前方に槍、穂高、左に常念の山々を配しての喜作新道、普通の尾根道、0900西岳ヒュッテ着、こじんまりと尾根に立つ槍の展望台、泊りたくなるような環境、雰囲気がいい、ここで、飲み水(天然水350cc)1缶、トマト一個、共に300円、山で生でかじるトマトは格別、0910発、水俣乗越までは穏やかな山道、1010頃着、ここまでは険悪な場所もなくコースタイムどおり、先客3人休憩中。

ここからが正念場らしい、コースタイムは槍まで約4h、とてもそんな時間では無理のようである、ここから、エスケープコースが槍沢に下っている。

目の前には四つん這いの灘場が待っている、ストックを収め、体勢を整える、チャレンジャーはエスケープもリタイヤもなし、気合を入れる。

緊張の場面には足の具会いなど構ってはおれぬ、人間の体は都合良く出来ている、いつの間にか痛みも忘れている。

1020頃水俣乗越発、いきなり四つん這い、この先どんな灘場が待っているのか緊張と不安、気ははやる。

気ははやっても、厳しい自然界に生き、岩壁に小さくとも色鮮やかに力強く、今が盛りと精一杯訴える高山植物を見ると、自然に足は止まる。

23のスリリングな個所を超え、大槍ヒュテまで後10分の標識に安堵、ひとまず一服、本日の泊地は、槍の直下殺生ヒュテと決め、1320頃着、水俣乗越からコースタイム215のところ、3hを要した。

槍の穂が覆い被さるように聳えている、曇り,夜空に星も無く早々にシラフに潜る。

第7日目
 
殺生ヒュッテ→槍ヶ岳

 2003//1 0600殺生ヒュッテ発、ヒュッテ大槍にて朝のコーヒー、ここで明後日に向かう西鎌尾根の情報を仕入れる、東鎌尾根よりも安全な道であることが分かり、未知への不安感は払拭、いよいよメインの槍を目指す、晴天槍の穂は眼前に迫る、約30分で着、テント設営後腹ごしらえ、パンとコーヒー、水で冷やした林檎をかじる、パンは小屋で作る自家製らしい。

相変わらず槍の穂は行列、登り下りは別々になっており、梯子も付けられており不安を感じるところは無かった。

 天気、展望、気持ち良く暫し留まる。

 下山後山荘の食堂にて昼食、夕食と朝食も山荘でとることにした。

 午後になってテント場は満杯となり、殺生ヒュッテに降りて行く人もあった。

 夕食までは、お決まりのアルコールが入って午睡、外に記憶なく、特記事項なし。

第8日目 

槍ヶ岳→西鎌尾根→双六岳(山荘テン場泊)

 2003//3 0700発、今日の工程は槍ヶ岳山荘〜双六岳山荘までコースタイム約4h30、今行動で一番短いコース、ゆっくりと写真を撮りながら余裕の西鎌尾根、天気良く最高のロケション、千丈沢乗越までの岩場地帯も、要所には鎖があり、危険を感じるところもなかった。

 60才くらいの人と追い越したり越されたりして下って行き、休憩が一緒なり話し込むことになった。

 その人は、一昨日槍ヶ岳北鎌尾根でビバーク、昨夜は槍ヶ岳山荘泊、いま、三俣山荘に向かっているところ、一ヶ月駈けて北アルプスを縦走中とのこと。

 北鎌尾根は厳しい岸壁の尾根一般路ではなく、経験を積んだベテランでないと踏み込めないと認識している。

 大天井岳付近から入り、槍までは11時間の行程、何度も行きつ戻りつを繰り返し、17hを要した、トラバースで蟻地獄に足を取られ、這い松につかまり難を逃れたとのこと。

 見たところ、普通の登山者のよりも軽装に見え、ザックも40?程度であり、膨らんでもいない、中身は40mのザイルと水、食料は干しぶどう、これがあれば飢えは凌げる、杖は木を削った自家製のもの、誠に質素なもの。

 年間約70日間山に入っている、仙人のような人の話を興味深く聞くことが出来た、これが山での出会い第3号である。

 こちらは、時間に余裕があり、もっと話を伺いたかったが、その人はまだ行程が長い。

 山での出会いは、話してみたい、聞きたい、山の話は尽きない、山には親しみを抱かせる雰囲気がある。

 天気も良く、なだらかな下り、花を愛でながらの稜線漫歩、登りの苦労は消えてしまう。

 すれ違うには狭い道、前方で20代と思われる女性二人が、にこやかな顔で待っていてくれた、この先、西鎌尾根は危険な箇所はない、安心して歩けるよと教えて上げると、ワー嬉しいと喜んでくれた。

 誰しも未知のところは不安である、不安が払拭されたら嬉しくなる。

 正午頃、双六山荘着、この山荘は鞍部にあり、残雪のある双六岳からの水、蛇口をひねると冷たい水、自由に使えてただ、8日目に始めて顔を洗う、何遍洗っても目の辺りのぎらぎら取れない、タオルを絞って体を拭く、1?200円の水では、顔のほうまで回らない。

 また、この山荘には食べるものも豊富、麺類、おでん、牛丼、カレー等特におでんはお勧め、牛丼を食べ、双六岳往復、なだらかな山容、高山植物のお花畑、明日は下山気分も晴れて穏やか。

 下山して、ビール、おでん2皿で満腹、1700頃、テントに戻り寝てしまった。

第9日目 

双六岳山荘→新穂高温泉(下山)

 新穂高温泉までは緩やかな下り、この道は3回目。

 足の痛みもとれ、サポートを外す、写真を撮りながらの下山、途中、鏡平にて休憩、槍は逆光にて撮影条件は悪い。

 丁度、フィルムが無くなる、35ミリ、36枚撮り14本、デジカメ(約150枚撮影可能)130枚で電池切れ。

 わさび平山荘で昼食、生ビールで乾杯、ここからが林道歩き新穂高温泉まで1h20、休まずに下る、バスに乗り平湯温泉駐車場へ、露天風呂に入って帰路についた。

 8泊9日の山旅も無事終了、ゴールデンコースを歩いた満足な旅であったように思う

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