岬 先生を囲んで

俳 句

1999年頃、山野草の集いにも遠のき俳句を志すようになった。

元来、精魂込めてやるタイプ、また、天衣を主宰する先生にも恵まれ、良き先輩を得、更には、二人の内孫にも恵まれて、晩年をおくることができたもと思う。
シズの一生の中で最も楽しく充実した生活を送った時期ではなかったかと。

当初は、句集の小冊子を作る予定であったが、アルバム形式となり、個人の晩年の創作として、今は、神、仏となった故人を讃え、本稿のメインでもある俳句を以って最後を飾りたいと思う。

最初に、天衣を主宰する岬先生について

天衣 岬 雪夫主宰句建立記念に寄せられた朗読文をここに掲載し、先生の一端を紹介いたします。 

幸すこし不幸をすこし走馬灯     岬 雪夫

真ん中にろうそくをたて、灯をともすと薄紙に映った人物、草木、動物などの影絵が走って見える走馬灯は、過ぎ去った歳月への思い出、すでに故人となった人への回想などをかきたてて郷愁にみちています。

人の一生は走馬灯のごとしとよくいわれるように、そのときどきの幸せ、不幸せをも思い起こさせて心をしみじみとさせます。

一生を不幸せばかりで終わる人もないでしょうし、幸せの連続という人もあまりいないでしょう、人間の生涯は平均的に、ほんの少々の幸、ほんの少々の不幸とでおりなされているように思われます。

その当座は不幸のどん底だと思っていたことも時の経過に浄化され、ろ過されて、まあこれでよかったのではないかと、欲をいったらきりがないからなと、誰しもおのれの人生に多かれ少なかれ、満足することでしょう。

また、そうでなかったら、生きている、あるいは生きている意味はありません。

そうしたことを漠然と考えながら彼は夏の夜のひとときを走馬灯に対しているのでありましょう。十才には十才の、三十には三十の、八十には八十のさびしさがあり、それぞれの年令が感じる淋しさは、走馬灯の側にいるとき、いっそう深く、切なるものがあるように思われてなりません。

幸すこし不幸すこし走馬灯   岬 雪夫

NHKラジオ アナウンサー 中西龍(鑑賞朗読)