1959119日長女(一子)誕生

朝、陣痛が始まり、リヤカーに妻を乗せ近くの産婆さんに行った、田舎の広い座敷で産婆さんはなにかあったら直ぐ走って貰はないかんで傍に居てくれと言う、正座しこぶしを握り締めジート待っていたところ、

オギヤ−と言う声に、涙がどっと溢れ出し止めどなく頬を伝わった。

その年の12月中頃、前の住居(名古屋市)に戻り新年を親子3人で迎えた。

1960年頃四軒長屋の自室玄関前にて(少年29歳)

同じ長屋のお隣の母子と

秋、台風時期となり落ち着いて勤務できる状態でなかったので、転勤を申し立て,翌年4月鳥羽海上保安部に転勤することとなった。