少年が現役を引退してから

1990/4〜1996年11月頃(約7年)
役所の紹介により、名古屋市港区に所在する伊勢湾海難防止協会名港大橋情報安全管理室に勤務.(電車通勤)
1997/1〜(約6ヶ月)ゴルフ場のポーター。
1997/7〜1999/3(約1年9ヶ月)町工場でプレス、スポット溶接作業等
1999/4(約1ヶ月)家電量販店
1995/5(約2ヶ月)建機リース会社で車体の清掃作業
1999/11〜2004/9(約5年)駐車場の警備員
58歳で海保を退職してから72才まで約14年間第二の職場で働かせて貰ったが、これも健康であったためと、40年間の海の生活から陸の色々な職種を経験してみようという少年の好奇心から生まれたものである。
前職のような緊急出動もなく自宅通勤。

「行ってらっしゃい、お帰りなさい」と普通のサラリーマン生活を味わう。

いつも玄関に出てきて、「気をつけてね」が決まり文句で、毎回同じ言葉をかけられても何も感じなかったが、今は、耳に残る。

1991年3月10日 長男結婚、同年12月10日初孫男子誕生、7年後の1998年8月11日孫娘誕生、6人家族となる。
2世帯同居
1階は、老夫婦(6畳、8畳の和室、洋間(居間)8畳、ダイニング約10畳)和室8畳に妻、居間を少年が専有。
二階は、息子家族(6,8畳の和室、6畳洋間)
一階の台所、トイレ、風呂等は共有。

休日には、妻と二人で近くの観光スポットにドライブに出かけたこともある、また、少年は、夏にはアルプスの山に入り、一ヶ月に一週間、長い時は二週間家を空けることがあった。

以下、年月日の判明しているもので、少年の主観でランダムに掲揚したものである。