仙塩尾根

仙丈岳〜仙塩尾根〜野呂川越〜左俣沢〜中白根沢ノ頭〜北岳肩ノ小屋
04/09/15〜17(3日間)》

当初の山行は、山仲間のA氏と黒部五郎岳を計画し、9月14日0400自宅発東海北陸道美濃インターから清見、高山へと車を走らせた、新穂高温泉に向かうR158号線高山を抜けた時点で豪雨、相方と相談、山行を取りやめ引き返すことにした。 

 翌15日は晴れ予報、かねてから、A氏と仙丈岳から北岳に延びる仙塩尾根を歩いてみたい想いはあったのっで、即決実行することとなった。

 第1日目
 15日0500自宅発中央高速道伊那インターで降りR362、R152には入り南アルプス林道へ、0830の始発のバスに乗り北沢峠着0920。

 0930仙丈岳登山開始、小仙丈岳を踏み、コースタイム通り約4時間仙丈岳頂上着。

 快晴、槍ヶ岳も見える、明日の縦走路の最初のピーク大仙丈岳は眼下、尾根道ははっきりとピークを通っている、我々を迎えているようだ。

 1400頃、仙丈小屋に入る、先ずはトイレ、浄財箱に百円入れて入る、ソーラー発電により浄化されている、小屋も避難小屋から仙丈小屋となっていた。

 避難小屋のつもりで来たので、持ってきた食材で夕飯、一杯入っているので8時頃には寝付けた。

第2日目
 0415起床、ご来光は0525頃、仙丈頂上を目指す、待つこと十数分、富士山の後方黄金色、黎明である、山によってそれぞれのときめきがあり、やはり頂上で向かえある黎明からご来光深く荘厳である。



 0540頃発、ガレの仙塩尾根を下る大仙丈岳へ、巻き路に入ると這い松、草紅葉ちらほら、朝の晴天の尾根道は気持ちが良い、緩やかな下り足も軽く快調、当初、両俣小屋から林道に降り帰る予定であったが、いつの間にか欲が出てきて北岳へ向かう気配が双方に芽生え、無言のうちに足も速くなった。

 伊那荒川岳(2512m)横川岳(82478m)共、樹林の中ピークらしきものは無く、山の中という感じの静かなところ、行き交う人もなし。

 野呂川越(両俣小屋と三峰岳の分岐)に着いたところ、先ほど追い越して行った30歳前後の青年が腰を下ろし地図を広げていた。

 この青年は、昨夜仙丈岳のオヤジから、北岳までは無理、熊野平までなら可能と言われ、両俣小屋に下りて北岳に向かうか思案していた。

 我々も北岳を目指していたが、間ノ岳コースか左俣沢コースか迷っていたので、3人で協議の結果、左俣沢コースを選び、両俣小屋へと下った。

 両俣小屋で小休止、この小屋は沢の中にあり静寂そのもの、表口は閉まっており人影も伺えなかった、トイレを使わせて貰ったが清潔で気持ちよかった。

 1030両俣小屋発、左俣沢を詰めた、1130左俣大滝着、細い滝と太い滝があり涼感呼ぶ滝を見ながら昼食、1200発いきなりの急登、息を休めての繰り返し、等高線びっしりのこの尾根は長い、長居は出来ない気合をいれ一歩一歩登る、ようやく、樹林帯を抜けたと思ったら今度はチムニ風の直登、これが幅約1メートルの溝に大小のガレ、崩れ落ちそうで静かに足場を拾う、落石したら下にいる同僚を直撃間違いなし、約2〜30分続く、やっとガレの急登から逃れて、中白根沢ノ頭、でっかい岩峰の北岳を目の前に休憩。

 北岳のガレの急登も先が見ない、長い急登の後にまた待っている、ため息と諦め、腰を上げざるを得ない、見上げても見上げても稜線分岐は見えない、ついにバテバテ、同僚もあえぎあえぎ登ってる。 
 彼は70才近くで、今でもフルマラソンをこなす、山も人より一歩上、いかに長く感じる急登であるかが伺える。

 ようやく、分岐に出たが頂上を踏む余力は無く、小屋へと下った。

 小屋に着いて、コースタイム通り10hほどで来たと話すと、若い人でコースタイム、とてもその時間で歩けない、このコースは最後に急登があるので余計にきついとのこと。

 着いてのビール格別旨かった、また、ここのオデンは汁がたっぷりで美味、全部飲み干した。


肩の小屋にて

仙塩尾根にて

左俣大滝

山小屋のストーブを囲んで
夏山も過ぎて3000m級の山小屋もひっそりとしている。
夜ストーブを囲んだのは7人、先ず話し出したのは3人組、その中の一人が、右隣にいるAさんは最近大腸がんで三十センチほど切除したが山に来る、左隣のBさんはペースメーカーを入れ、最近胃の手術したところであるが、元会社の同僚で退職後も3人で度々山に来るという。
それから、海外旅行の話になり、今度カナダに2週間ほど行くらしい。
その隣の単独行の65歳前後人が話しに加わった、方々を外国旅行されているようであった。
定年退職者は海外旅行が付きもののようである、少年は少しも羨ましくなく聞くことが出来た。
自慢話等が出て、少年の出番、旅行はあまり好きでない、山に入った方が良いと切り出した。
すぐさま、山への想いは何かと訪ねられ、いつもの返答、「山がそこにあるから」先人の名言である。
一般的に頂上極めた達成感、眺望等。
山は一言で表現できるものでない、自然の中に身を委ね自然から享受する何かがある。
少年は、一般社会から離れた別世界であると思っている。
以前は、山の同好会も創って仲間を募り、山に入ったが、今は単独行者であると説明した。
少年の隣におった30歳前後の単独行の青年は、「歩くことだ」と一言、よく友人に何故山に登るのか聞かれるが、体感した者でなければ分からないので「行ってみろ」と言うだけ、同感である。
単独行のよさは先ず気ままであること、自然と一対一で向き合い対話ができること、若し複数であったなら、会話により社会の延長線上にあり、静かな山歩きにほど遠い、少年にとっては、今はそのような山である。

第3日目
 9月17日0630頃、小雨ぱらつく、頂上は以前二人とも踏んであるので、白根お池小屋経て広河原に下山した。