西 穂 高 岳 (2908m)

1998/7/25〜26

 新穂高ロープウエイで西穂登山口(約2000m)まで上がりることから、西穂高岳は安易に登れる山のように受けとめられているように思われる。
 確かに、ロープウエイを降りて西穂登山口から見た西穂は岩稜ではなく、穏やかな山体に見える、従って様々の人が往来している 私の登山記録から人物種々往来の記述があったので、最初にそれを書いてみたいと思います。  


西穂高岳人物種々往来

その1
登高時、50才前後の男性が、岩に腰掛け話しかけたそうにこちらを見ているので、もう下山ですかと尋ねたところ、2時間で行って来たと言う(コースタイム3時間)、因みに。ロープウェイ終点から山荘までを尋ねたところ、30分(コースタイム1時間)と言う。   ”飛ぶ鳥の異名をもつ「上条嘉門次」の如くなり、ただ感服”

その2
登高時、男性(60才前後)を追い越す時、大きなザックを背負っていたので、何処までか聞いたところ、奥穂までと言う、何度か行ったことがあるのか聞いたところ、若い時一度とのこと。
 小生が西穂頂上で休んでいる時(1000頃)奥穂に向かって行った(この時間帯に奥穂に向かう人は見うけなかった、ガスもかかり天候も良くないのに)。 !勇気か、無謀かそれとも経験を積んだ技量のなせる行動か!
 
 西穂から奥穂高岳までの行程は一般路でなく、北アルプスで一番険しい岩稜の難路とされている、小生も一度はと夢みたが諦めている。

その3
西穂頂上で、40代位で身支度から山の経験が浅いように思われる夫婦が、来る人来る人に奥穂までの状況を聞いてきた。
 そのうちに奥方が、!帰るのも怖いし、どうせ怖いのなら行った方がいい!と言い出した、小生が下山時(10時過ぎ)その夫婦はまだ奥穂の方を見て思案しているようであった。
         !行きも地獄、帰るも地獄!進退窮まれか定かでない。

その4
、40代と思われる夫婦の後につき下山中、二本の踏み後があり、夫は断崖の方の道、奥方は、落ちるといけないからこっちを通ると言って安全な道を選んだ。
 その時、夫は!落ちる時は落ちるんだ!と言った。  ″その気概がなければと、納得

その5
下山時ピラミットピークに着き休憩中、30代と思われる二組の夫婦が、西穂までの様子を聞いてきた、小生は、ここから先は難場もなく行けると言うと、奥方は、言わないでここで満足しているのだからと制止し、次ぎの機会にすると言っていた、傍らに缶ビールが空いていた。  !満足しての乾杯であり言うことなし!

その6
下山時、独標の手前の一枚岩の難場を過ぎ休憩中、親子3人(母親50前後、娘20代、息子高校生位)が一枚岩のトラバースの難場で、子供達は通過、母親は怖い怖いと悲鳴を上げていた、娘は大丈夫と手招きしている、小生は、怖かったら止めた方が良いですよと忠告した、そのうちに、年配の男性が通りかかり、母親をサポートして通過した。  !その決断は自身にあり、忠告は越権か迷うなり


 山荘から独標までは岩稜帯もなく普通の尾根歩きである、特に丸山付近は展望も良い、独標の登り(南面)は岩稜帯ではあるが、難なく独標に立つことが出来る。
 次ぎは、西穂までの最大の難場、独標の下り(北面)である、頂上から切り立ちオーバーハング状、足場が見えない、探りながら3点確保で慎重に下る。
 次ぎに待っていたのは、一枚岩のトラバース、距離は短いが足元はストーンと谷へ、手がかり、足掛かりは岩の割れ目、恐怖心をそそる、とにかく度胸を決めて慎重に渡る以外にない。 
 2箇所の難場を過ぎ、次ぎはピラミットピーク、幾つかのピークを越え、西穂に至る間、危険を感じる所もなく西穂頂上に立つことが出来た。 

独標の下り
 霧が深く遠望がきかなかったが、霧の中に時たま顔を出す奥穂から前穂に至る吊り尾根、登って来たピラミットピーク、独標のピーク群、ときの経つのを忘れ霧の晴れ間を追う。

西穂頂上にて

 下山時は、一枚岩のトラバースも難なく通過、特に、独標の登りは手がかりも掴めて苦もなく独標に立ち、後は岩稜から離れ、尾根道を山荘へと下った。

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