今までに戴いた自分史についての感想文です
身に余るお言葉を戴き有難う御座いました

    感 想 文     (原文をそのまま複写)

 

●斎藤 熊三(005) 題名:頑張っている神田様へ 投稿日 : 2003年1月2日<木>19時40分/愛知県/男性/65才

 今晩は情管室でお世話になりました斎藤です、賀状のホームページを見て一寸書きこみをさせていただきました。情管室に勤務された中で神田さんほど充実した日々を送られている人はないと思います。自分史.山の事.大変興味深く拝見させていただきました。退職後の進む道は違えど、頭の下がる思いです。      

 神田さん万歳の心境です。

Res:kitaho(925) 題名:有難う御座います 投稿日 : 2003年1月2日<木>20時28分

新年早々から有り難いお言葉感激です。

 

●自分史拝見しました(^^♪。

たかやん(890) 投稿日:2003年1月19日<日>08時51分/男性/39才 

  大半を船の上で生活されたんですね。

 巡視船って、荒波の航海があったり、救助活動があったり命を張っての勤務だったんですね。

 無事役目が終わって、家族の元へ今が一番幸せであろうか思います。

 自分たちの何気ない幸せと平和は、こうした方々に支えられてのものなんですね。

 もっと我々は感謝の意を表しないといけないと思いました。

 同級生にも海上自衛隊の人がいて、最近地元に帰って気ました。

 いや〜なんか会ってお酒でもじっくり飲みたい気分になりました。

 それと自分たちの地方は、吹き上げ浜の拉致問題、密入国、工作船など昔から様々な問題が取り立たされています。

 今回の工作船が沈没した事件も、法律の枠内での巡視船や自衛隊の活動には限界があったと聞きました。

 敵は目の前にいるのに手出しが出来ないってことですよね。

  話しががそれますが拉致の問題

 報道を聞いていると、日本の政治も甘いですね。

 拉致がいいのか悪いのか政治家の話しを聞いていると、さほど重大な問題ではないって思えてきます。

 拉致は、人間社会において絶対にあってはならないことです。

 もっと日本はアメリカや、各国との世論を高めて連帯で交渉すべきだと思います。

 アメリカと日本の違いはそこにあるような気がします。

 長々とゴメンなさい。

   ほんとの平和って何なのか、日本国民が改めて考えないといけない問題じゃないかと思います。

  コメント有難う

北穂(375) 投稿日:2003年1月19日<日>10時39分/岐阜県/男性/

 涙が込み上げてくるコメント、自分史を書いてよかつたとしみじみとしております。

 最後の海難救助の場面、鮮明な記憶にあり、彼のことを一人でも多くの人が知って戴けたらの思いで書きました。

 有難う御座いました。

 

yume22(156) 投稿日:2003年1月21日<火>16時45分/新潟県/90才 

 自分史、完結したんですね。

何度も目頭を熱くしながら、読ませていただきました。

たかやんのコメントに以下同文です。

ニュースで何気なく見ていた巡視艇、視点が変わりました。

もっともっと多くの方に北穂さんの自分史、読んで欲しいですね。

 Res:北穂(913) 題名:有難う 投稿日 : 2003年1月21日<火>19時11分/

 やあー有り難いです、なんとも言いようがありません。

 有難う御座いました。

 

●いつか(030) 投稿日:2003年1月19日<日>20時17分/女性 

「自分史」読ませていただきました

生い立ちから現在に至るまであそこまで丁寧にきちんと記述できることに感心するばかりです

私が自分の足跡を振り返ったとき・・・北穂さんのように記憶の糸を引っ張り出すことができないと思います。

北穂さんの海上でのご活躍とさまざまな出来事が伝わってきました、素晴らしいお仕事をされていたんですね!!

本当に長い間ご苦労様でした

  Res:北穂(976) 投稿日 : 2003年1月20日<月>06時49分/岐阜県

幾つかのお褒めの言葉ありがたく受け賜ります。

 山から海に出て働けたこと大変幸と感謝しています。

 同県人と言うことで今後とも宜しくお願いします。

 

●読ませて頂きました♪ 投稿者:まりりん  投稿日:12月26日(木)23時22分19秒

kitahoさんの人柄がわかる..とっても丁寧な書き方で〜感激しました。。

「続..」が楽しみです 

 

●こんばんは。 投稿者:tsukiyo@月夜  投稿日:12月26日(木)21時09分34秒

自分史 読ませていただきました・・・。

お父様が残した言葉>一番下の仕事に就くのがいい”kitahoさんが この言葉を忘れられずに 今でも頭の脳裏に残ってるということはこの言葉の意味・・・とても深いものにお当時感じられたのでしょうね・・

少年時代は スキーが得意とか・・・羨ましいです、私は、北海道に生まれ 北海道に育ちながら、実は・・・スキー スケートはまったくの苦手・・・・

 

●拝見しました♪ 投稿者:himawari2525  投稿日:12月26日(木)17時50分08秒

自分史足早に読ませていただきました。

自分史は、今現在の自分を見つめ直すのに大切な事だと思います。

私も今までの自分を振り返って、いつかは自分史を作ろうと思っています。

kitahoさんの自分史を参考にしたいと思います。

頑張って続けてくださいね。

今度はゆっくりお邪魔します。まずはご挨拶に来ました。

 

●まりりん(084) 題名:北穂さんの.. 投稿日 : 2003年1月19日<日>13時38分

 これまで歩いて来た道を〜〜チョットだけど..ご一緒させて頂きました〜(^^)

読み終えて、涙がこぼれました〜

うれしいわけでもなく^^、、悲しいわけでもないのですが^^..。

私も、はやい時の流れの中〜自分を見失うことなく生きて行けたらと思います。

北穂さんの自分史に出会うことが出来てうれしく思います〜

ありがとう..です(^^*

  Res:北穂(732) 題名:有難う 投稿日 : 2003年1月19日<日>16時02分/ 一緒に歩いてるくれたり、涙を流してくれたり、感動して戴いて最高です,有難う。

 

tsukiyo@月夜(855) 題名:日曜の午後にこんにちは・・^^ 投稿日 : 2003年1月12日<日>14時04分/北海道/女性/40才

こんにちは。

今日はお仕事がおやすみでゆっくりしています。

主人と息子達は朝早くからワカサギ釣りへでかけたので、夕方まで来ないの

ちょっぴり嬉しい静かな日曜日・・・♪と、言うわけでようやくゆっくり kitahoさんの自分史読むことが出来ました(*^-^)ニコでも、山男のkitahoさんが海上保安庁に勤務されていたのは 意外でした〜海にしても 山にしても壮大な大きな景色を見て過ごしてきたのは同じくらいすごいことですよね♪

Res:北穂(218) 題名:感謝 投稿日 : 2003年1月12日<日>16時06分/

 海山と経験できたことは大変幸ものと感謝しております。

 読んで下さる人があり、書く喜びが沸いてきます。

 

tsukiyo@月夜(214) 題名:エピローグ・ 投稿日 : 2003年1月18日<土>22時40分

 自分史 読ませて頂きました。

今まで過ごしてきた人生をもう一度文字にしながら振り返るとあらためて気づくこと、懐かしいこといっぱいあったのではないでしょうか・・・。

でも、これからも素敵な道は続きます。

いいえ、続くように 素晴らしい道を作ってくださいね。

  Res:北穂(864) 投稿日 : 2003年1月19日<日>11時21分/岐阜県/男性/

 お褒めお言葉ありがたく感謝です、女性に素敵だなんて言われると、これからも素敵な道を歩いて行きたいものです。

 有難う御座いました。

 

●みんと(244) 題名:臨場感あふれる文です 投稿日 : 2003年1月12日<日>01時24分/鹿児島/女性

 特に、伊勢湾台風のくだりは、奥様は無事だったのか・・?

 と人事ながらどきどきしました。

 最愛の奥様の無事を確かめるまで、

 北穂さんが、いかに心配だったか手に取るようにわかります。

 実は、主人の実家は名古屋の南区で、

 やはり海抜ゼロメートル地帯です。

 主人はそのとき、4歳くらいで物心がついていたので

 そのときの恐ろしかった思い出を話してくれました。

 たまたま、商売をしていて、台風の前年に手狭になって、

 家を2階建てに増築したおかげで、近所の避難した人も

 みんな助かったと言っていました。

 橋のたもとに、逃げ遅れておぼれてしまった人々が並べられ

 異様な光景で、子供心に足がすくんだそうです。

 そのときの、水位が壁に跡がついていた実家も

 住む者もなく、もうじき思い出の中だけになってしまいます。

 また続きを楽しみにしています。

Res:北穂(174) 題名:無題 投稿日 : 2003年1月12日<日>10時16分/岐阜県/男性/11才

 臨場感が伝わると言ってくださって嬉しいです、妻の安否をきずかうあの時は悲愴でした。

 なんたって、世界でただ一人の最愛の妻だからね(過去の話、ここだけの話)

 

●ひまわり2525(472) 題名:読みました 投稿日 : 2003年1月11日<土>21時51分/大阪府/女性

 実に詳しくお書きになり記憶力がいいんですね、でもすごい体験をされているのに驚きました。

奥様が無事で良かったですね。波乱万丈・・色んな経験が今の北穂さんを支えているんだと思います。また続きを読むのが楽しみです。

 Res:北穂(503) 題名:感激です 投稿日 : 2003年1月12日<日>10時05分/ 

感想文感激です。

 これからも波乱万丈の人生を歩んで行きたいと思う少年です。

 

●ひまわり2525(909) 題名:自分史 投稿日 : 2003年1月7日<火>22時08分/大阪府/女性

 北穂さんが卒業された頃まだこの世にいませんでした。

私は大阪の北の果てで生まれましたが、子供の頃祖父が炭焼きをしていました。

寒い所でしたから畑で寒天も作っていましたよ。

まだまだ自然がいっぱいの故郷です。

自分探しの旅は実家から始まりますね。

思い出話などを書いていこうかと思っています。

おやすみなさい♪

Res:北穂(995) 投稿日 : 2003年1月8日<水>19時16分/岐阜県/書き込み有難う、

僕の実家のことで一番アッピールしたかったのは、慈悲深いおばーちゃんだったんです。

 

●ひまわり2525(644) 題名:自分史 執筆お疲れ様でした。 投稿日 : 2003年1月18日<土>22時30分/大阪府/女性

 山男の北穂さんだとばかり思っていましたのに、海上保安庁にお勤めで、海の男だったんですね。

海難救助のお仕事に携わっておられたんですから、色んなドラマがあり、ご苦労された事と思います。

命がけのお仕事だし、それを支えて来られた奥様やお子さん達も苦労されたんだとお察しいたします。

今はどうぞゆっくりとご家族仲良くお過ごしください。

北穂さんの心を少し覗かせて頂いたようで、親しみがわきましたよ。

お疲れ様でした。ありがとうございます♪

es:北穂(435) 投稿日 : 2003年1月19日<日>11時13分/

 労いのお言葉心に沁みます、職責だから当たり前のことです、ただ、その職に就けたことは幸だったと思っています。

読んでくれる人がおり、書くことが出来ました、有難う御座いました。

 

●みんと(739) 題名:海と山の男☆ 投稿日 : 2003年1月26日<日>21時38分/鹿児島/女性

  自分史完成☆おめでとうございます☆彡

後半をじっくり読ませていただきました。

これまでの北穂さんの歩いて、走って、泳いで、登ってきた道・・こうして振り返るすばらしい道があってこそ 、これからの道へと続くのですね。

こうしてネットでの出会いもまたしかり・・改めてご苦労様と言わせてくださいませ。

  Res:北穂(270) 投稿日 : 2003年1月27日<月>20時01分/岐阜県/男性/

 勇敢だった同僚のことが書けてホットしています、いつか何かの機会にと思っていました。海の出来事は傍観者がいないから、分からない事がままあると思います。

 最後までお付き合いして戴き有難う御座いました。

名前:フィットネストレーナー24歳    日付:4月28日(月) 1時58分

本当に感動しました。
年を重ねるということの意味を学んだ気がします。

これから、僕も僕自身の自分史を描いていかねばなりません。
嬉しいこと、辛いこと、哀しいこと、楽しいこと、それら全てが僕の自分史であり、それが『生きる』ということなのでしょうね。

いつの日か、僕の自分史を人に伝え聞かせられるように、精一杯『生きよう』と思います。管理人様も、ご自身のこれからの自分史をずっとずっと末永く描き続けて行って下さい。

名前:北穂    日付:4月28日(月) 19時27分

身に余るお言葉を戴き有難う御座います。
 
まだまだ、これからも失敗を重ねながら生きて行くと思います。

 
小生の好きな言葉 「ポストでベスト」 どんな職業、どんな配置に就いても、そのポストでベストを尽くす。


一気に読みました

名前:rtob 日付:6月26日(木) 8時5分
一気に読みました。私もあなたと同じ1931年9月1日生まれです。
食べても食べても腹の空く時代を経験しました。そして絶望的な就職難、定年まで四季の移ろいに身を置くこともなく過ごしました。
あなたの『自分史』は、あの"喜びも悲しみも幾年月"の燈台守の物語のようにドラマチックです。これからも時々お邪魔します。 rtobより


6.Re: 一気に読みました
名前:北穂 日付:6月26日(木) 8時8分
 読んで戴いて有難う御座います。

 今後共宜しくお願いします。

名前: 尾崎 信次    日付:18() 2355

1941年生まれ、神戸の男性です。
”おがたま”や”はやなみ”に乗船されていたとの事、懐かしい船です。海洋少年団で良く、カッターを曳航して頂いたり、淡路島に乗せて行って頂いたり、当時大変お世話になりました。
特に”おがたま”には一番お世話になり有難うございました。
石炭焚きの船でしたから、機関員の方は大変だったでしょう。
ゆっくり山を楽しんで下さい。
私も定年後は学生時代からの登山を続けています。
中高年の登山事故が多い昨今気をつけて登られますように。
今年の夏は久し振りに燕岳〜蝶ヶ岳〜上高地に行って見る予定です。
 


 

2.Re: 巡視艇 おがたま

名前: 尾崎 信次    日付:19() 033

> コンニチワ。北穂さん
1941年生まれ、神戸の男性です。
私も自分史を書いていて、過ってお世話になった巡視船を調べていて偶然貴方のHPを見付けました。
> ”おがたま”や”はやなみ”に乗船されていたとの事、懐かしい船です。海洋少年団で良く、カッターを曳航して頂いたり、淡路島に乗せて行って頂いたり、当時大変お世話になりました。
> 特に”おがたま”には一番お世話になり有難うございました。
> 石炭焚きの船でしたから、機関員の方は大変だったでしょう。
> ゆっくり山を楽しんで下さい。
> 私も定年後は学生時代からの登山を続けて六甲山や京都の北山がホームグランドです。
> 中高年の登山事故が多い昨今、気をつけて登られますように。
> 去年は立山三山の縦走〜剱往復をしました。今年の夏は久し振りに燕岳〜蝶ヶ岳〜上高地に行って見る予定です。
>  
http://www9.ocn.ne.jp/^kitaho

 

 

9.Re: 巡視艇 おがたま

名前:北穂    日付:117() 186

懐かしい神戸、神戸には在職中4回勤務しております。
素晴らしい町神戸、山があり、海があり、六甲の裏には温泉があり、都市として理想的な町のように思います。
六甲山にはよく登りました、六甲全山縦走が一番の土産です 

http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/kitaho


前:HAL    日付:1月17日(土) 8時41分
はじめまして。春庭(OCN/ID=haruniwa)ともうします。自分史拝読。北穂という名前から、山のことばかりイメージにありましたが、海の男でもいらっしたんですね。勇敢だった徹さんの話は感激ですが、北穂さんが海で生きてこられた歳月も、私にはとても感動的でした。
http://www2.ocn.ne.jp/~haruniwa/index.htm

7.Re: 自分史拝読
名前:北穂    日付:1月17日(土) 17時53分
書き込みをして頂き有難う御座いました。
そのうえ、感激、感動して頂き、HPを開示するものに執って最高の喜びです。
また、お越し下さい。

http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/kitaho

名前:taiger    日付:2月1日(日) 8時48分
約束通り今日は早起きしてクリアな頭脳で読みきりました。
背筋のピンとした自己に厳しい姿勢が、いたるところに読み取れました
。こうして北穂さんは生き抜いてこられたんだと、納得させられました。
きっと戦後の混乱期は日本国中みんな貧しく、生きることだけで精一杯だったのでしょうね。振り返ればその苦労は、良い思いでに浄化され懐かしさに、変貌する。今の自由な生活からは想像の余地さえもない厳しいものであっても。
昔の女性は「女三界に家なし」と言われたように、親に夫に子供にと、ただ従属していたのでしょうか?
でもきっとその裏側でしっかりと、自分の天命みたいなものを認識し受け止めていたのでしょう。
あるいみ潔い。
控えめで慈悲深く他人のためだけに生きた明治の女の後ろ姿が、なんともいえません。
こんな自由な日々がその後半世紀後に、来るなんて夢にも考えてなかったでしょう。
マッカーサはえらい。アメリカ万歳。北穂さんも万歳!


11.Re:読んで戴き有難う。
名前:北穂    日付:2月2日(月) 18時18分
自分史読んで戴き有難う御座います。

戦中戦後の様子、少しでも分って頂けたら本望です、戦後は皆同じ、生きることで精一杯、ハングリーだから強かったと思います。

いまにして、家族の中で、一番尊敬しているのは、おばあさんです、この視点も同じですね、クローズアップして戴きありがとう。

名前:四季彩光のじゅん    日付:12月30日(木) 22時37分

さっそくのリンクをありがとうございます。ただいま北穂様のHpを拝見しました。まずは万年青年どころか今どきの青年よりもパワーに満ちあふれている方だと印象を持ちました。山行記録はかなり長期間の山旅をマイペースで淡々とこなされ、じっくりと山と向かい合っている様子が伝わってきます。私のように日帰り速攻登山が中心では得られない奥深い山旅ばかりであることも羨ましい限りです。出身が信州とのことですのでスキーの腕前はかなりのものとおもいます。是非とも山スキーに調整してください。どこかの山でお会い出来ることを楽しみにしています。(ヒゲを目印にすればよいでしょうか。光岳のあと再び髭は伸ばされているのでしょうか?)
自分史は大変克明につづられよくぞこんなにしっかりと自分の歩みを描けるのか・・と感動いたしました。自分が将来このような記憶が残っているのだろうか?と考えると全く自信がありません・・・少なくとも私自身に日記などを綴る習慣がありませんので、恐らくこのような記録は描けないでしょう・・・すこしは、まじめな日記でもつけておかないとイカンかな〜と反省させられてしまいました。小学校からの担任先生の名前はもうすでに朧げとなっておりますし、年代とその時の出来事はほとんど一致させることは困難でしょう・・・特に高校時代は出来の良い生徒ではなかったので、記憶から消したいのが本音であります(^_^;)
海上保安庁の仕事についてははっきりって今までは一般人にとってはなかなか理解出来ないことが多いと思います。最近でこそ映画”海猿”や海上警備行動などの実行によって、実際の活動が伝わってくるようになりましたが、なるほど、こういう人たちによって支えられていることが伝わってきます。山の世界でたとえれば、山岳救助隊と同じ立場の方なのですね・・・HPでの写真も貫録十分のベテラン山やさん風貌だと思うのですが、こういった経歴が物語っているのだと思いますがいかがでしょうか。
海から陸へ・・そしてさらに山へ・・・万年青年さんの更なる飛躍をご期待しております。これからもよろしくお願いいたします
http://www001.upp.so-net.ne.jp/j-misao/

13.Re: はじめまして
名前:北穂    日付:12月31日(金) 16時23分
長文で、しかも、身に余るお言葉ありがとう御座います!

HPをもつきっかけは、山で怪我をし、お世話になった方々への礼状として公開したのですが、その結果、今日、多くの人達を知ることができました、感慨深いものがあります。

少年にとって、第一ステージが現役、第二が登山、第三ステージは山スキーと位置つけて、今冬は、ゲレンデの一寸上から白い嶺峰を眺めたいと思っています。
山スキー先輩諸氏を見習いモチベーションを高めてゆきたいと思っております、よろしくお願いします。

http://www9.ocn.ne.jp/~kitaho/

名前:mori01    日付:1月21日(金) 21時12分

今晩は  少しずつ読んでる  いろいろ
似通ってる箇所もあり  以後楽しみ


 

15.Re: 以後楽しみ

名前:北穂    日付:124() 1113

読んでいただいて有難う御座います!

山の記事は、HDが壊れ、サーバーからのバックアップも失敗し、更新がままならずです。
これからの記録をアップしてゆきたいと思っていますが、お粗末なHPで恥ずかしい限りです。

写真は、現役時代の海難救助:遭難船の曳航作業です。

http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/kitaho/links

名前:大学生です。    日付:2月12日(土) 2時3分

退職されるまでの間に起こった出来事や思い出がとても詳しく記されていて、じっくりと読ませていただきました。自分のお仕事にとても誇りを持っていらして、そして船が大好きなのだということが、ひしひしと伝わってきます。
私は大学の1年生で、学年が上がったら物理学を専攻しようと思っています。今のところ授業に追いつくのが精一杯で、テストやレポートを何とかこなしているという感じですが・・・。
将来はあまり具体的なことまでは考えてはいませんが、研究をしたいと思っています。そして何よりも、自分が誇りを持てるような仕事がしたいです。

あと、盛りだくさんのホームページの内容に驚きました。


 

17.Re: 拝見しました。

名前:北穂    日付:213() 117

 

書き込み有難う!
大学、少年には未経験な学び舎である。
思春期を太平洋戦争の真只中、また、貧困家庭であったため高校にも行けなかった(勉強は苦手、余り行く気もなかったが?)。
現実が大事、今の立場を理解し、いま、何をなすべきかを念頭に青春のエネルギーを傾注すべきとき、自分の目標に向かって、研究、探求すべき時期、4年間という短い期間、人生に大きな足跡を残して下さい。
少年は昨年までの約7年間、或る大学の駐車場の番人をやっていた、学生と話をする機会もあり、会う人毎に言っていた。
    ポストでベスト
どんな職業、どんな職種に就いても、その配置に就いたらベストを尽くせ!

http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/kitaho/links

名前:sealand    日付:3月21日(月) 0時47分
自分史拝見させていただきました。

私の祖父も船乗りで、漁船に乗っておりました。
その影響か、叔父は愛知県庁に就職し、
当初船に乗っていたと記憶しています。

私にとっても、海に対する憧れは今でもあり
外国船の大きい船が入港してくると見入ってしまいますね。

現在、海上コンテナの輸送を仕事にしており、
たまに本船作業などに従事する時には、その大きな船に乗って
世界中の港に行ってみたくなります。

息子にも海にちなみ海斗と名付けました。

長くなりましたが、これからも色々HP上で教えてください。

ではまた
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/sealand

19.Re: いつも足跡ありがとうございます。
名前:北穂    日付:3月22日(火) 18時58分
有難う御座います!
知多半島の御出身、今は大阪南港近くのお住まい、共に、前に海、伊勢湾、大阪湾、対岸には鈴鹿山脈、大阪南港からは淡路島と情景がにておりますね!
夕陽がきれいな所と書いておられましたが、少年も、大阪湾を走り廻っておりましたので目に浮かびます!

名前:mmmhhhm55    日付:8月5日(土) 18時55分

読ませて頂きました、何故かしら涙が出て来ました、読めません・・
奥様を愛して、色んなご苦労が有って、でも奥様、幸せですね、だって、あんなに、貴方に愛されて、、幸せね・・


 

21.Re: 涙が・・・

名前:北穂    日付:813() 1332

愛するということ
いま、妻と闘病生活を共にし、愛とは思いやりの心とその実行であることが分かりました。
実行のないものは本物ではない。
妻の健康の時は家を顧みず、自らアウトドアー派と称して山に夢中になっておりました。
いま、その償いとして山も止め、少しでも長く側にいてあげることが大事と思っております。
1957年4月結婚、本年で49年この間何一ついい思いをしてやれなかったと悔やんでいます。
一つあるとすれば、現役を退職し岐阜県に家を構え、子供も成長し、老後はお互いに好きな趣味を楽しむのがお互いの道と考え、妻が趣味の俳句等に通うにしても車が無ければ大変であり、妻62歳の時、反対を押し切って、内緒で自動車学校の入学手続きをとり、入学してからもいまになってこんな苦労と、愚痴をこぼされ、しかし、本人は一生懸命学科の勉強、その甲斐あって、40万円ほどで免許を取得、予定は歳の数ほどと聞いており、ご褒美に当時としては、値段のいい120万円のオプティを買ってやった。
以後、本年の一月入院するまで足となって活用してくれたことが唯一である。
有難うございました!

自分史、あらためて拝読しました 返信  引用 
名前:白影    日付:9月3日(日) 11時29分
北穂さん、
あらためてじっくりと「自分史」を読ませていただきました。
他の何人かの方と同様、私も胸が一杯になり、涙が滲んできました。

戦前、少年時代の恩師の方々の思い出、
戦後、‘ひもじい’中での、海上勤務への準備と勉強の時期、
海上保安庁にご勤務された期間中の数々のエピソード、
勇敢だった同僚の方への尊敬と親愛、
伊勢湾台風、そしてご出産時の奥様への思い、
早逝された部下の方のこと、など…

それらを淡々と綴られる中に、北穂さんの誠実さや周囲の方々への愛情や感謝の心が溢れていて、しみじみと感銘を覚えずには居れませんでした。(お世辞ではなく、本当に…)

振り返って、自分がいかに物の豊かな時代に、さしたる苦労もなくノホホンと生きてきたか。
現在も往々にして、「誠実に」ということよりも、「効率的に、楽に」を意識しながら仕事をしてしまっているな…。そんなことも感じます。
そんな私がこれからどれだけ‘人間力’を高められるか解りません。
いたずらに力んだり背伸びしても仕方ないとも思います。
ただ謙虚さと周囲への感謝だけは忘れず、自分の仕事ぶりに誇りを持てるようでありたいと思います。
単純なことかもしれませんが、北穂さんの自分史を拝読して、そんな思いを新たにしました。
どうも有難うございました。
http://www.geocities.jp/shirokagepanmimi/

23.Re: 自分史、あらためて拝読しました
名前:北穂    日付:9月26日(火) 10時33分
身に余るお言葉有難うございます。
自分史を書くテーマがはっきりしていたから書けました、常々勇敢だった同僚のことが脳裏にあり、発表したい機会を探っておりました。
そんな折、山で転倒、骨折して療養生活となり、山でお世話になった方々への御礼の言葉をホームページで公開するのがいいと思い、動けない毎日参考書を読み3日で立ち上げ公表することが出来ました。
そのうちに、ネット友達が増え、自分史を書いてみたいと相談したところ、応援するから是非との事で書く気になりました。
書いてゆくうちに応援して下さる人も増え、最後のテーマ(勇敢だった同僚のこと)に向かって一気に書くことができました。
白影さんからの感想文、その中に、「誠実」という言葉がありますが、確かに当時としては、誠実、真実を追い求め、体内に多く存在していた青春時代もあったかもしれませんが、今はどうか、身分を拘束する肩書き等もなく、建前よりも本音で生きてしまうこの頃です。
自分史を読んでくださるだけでも感謝感激、そのうえ、長文の身に余る感想文を頂き本当に有難うございました。